塑性と蘇生 | Sosei to Sosei (Plasticity & Resuscitation)
12th Jan - 3rd Feb 2019
ARTZONE (Gallery of KYOTO UNIVERSITY OF THE ARTS)
12th Jan - 3rd Feb 2019
ARTZONE (Gallery of KYOTO UNIVERSITY OF THE ARTS)
Photos: 守屋友樹
京都造形芸術大学アートプロデュース学科が運営するアートスペースARTZONEでの、神馬啓佑と久保ガエタンによる二人展「塑性と蘇生」。神馬は絵の具が乾かないうちに指先で触れることで指跡を残す指頭画や、自らが愛着を持って触れてきた物事をモチーフにしたペインティングを描いてきました。具体的・抽象的に触れることで、物事は触れる前のそれと別のものに変わります。触れることで変わるという性質を神馬は「塑性」という言葉で言い表しています。他方、久保は近代主義科学から弾かれたオカルティズムをリサーチによって掘り起こし、映像やインスタレーションによって作品化しています。それは、かつて霊媒師が様々な器具を用いて降霊し、その存在を検証したように、不可視のエネルギーや歴史に埋没した過去を可視化し現在へと賦活・蘇生させようとする試みです。 触れることで変わる「塑性」に注目する神馬と、歴史に埋没した異端を「蘇生」しようとする久保。本展では、神馬啓佑を「塑性」という力を加えると元に戻らない性質、久保ガエタンを「蘇生」という動かなくなったものを復活させ、みえないものをみえるように還元する性質と捉え、「そせい」と言う同音の単語でありながら対照的で相反する力を、混在させた展覧会となっております。
見えないものの親しさ
隠蔽と暴露、可視と不可視。これらは芸術の主題であると同時に、常に政治的な主題でもあり続けてきた。神馬啓佑と久保ガエタンの作品群は、これらのテーマを経由しつつ、見えなくされた物事をめぐる思考へと誘う。 神馬の平面作品の一角をなすのは、絵の具が乾く前に指で触れて描いた「指頭画」である。むろん、画家自身の身体を絵筆として用いる技法は、美術史上さまざまに試みられてきたし、神馬作品もその系譜に位置付けられるだろう。出展作のひとつ《untitled (wood)》では、アクリル絵具の黒い地に、作家の指の動きが保存されている。密林の描写にも似た画面に目を凝らせば、woodという文字の連なりが浮かび上がる。 そもそも文字とは、書かれ、読まれること、可視的であることを前提とした存在である。神馬の実践は、こうした文字の可視性・視認性を利用しつつも、その表層のみに遊ぶことはない。それはまるで、冬の日の結露した窓ガラスを指でなぞるように、靄がかかった視界をクリアにする試みでもある。 平面図とエッセイからなる《schematic(天球図)》は、その試みを指頭画とは別様に展開している。本作品は、作家が横浜で一人の外国人女性と出会い、気後れからコミュニケーション不全に陥った苦々しい経験を、黄道に月が交差して起こる日食や月食になぞらえて提示する。他者との遭遇によって露呈したのが、他ならぬ作家自身の臆病さだったように、不可視なものはしばしば、我々にとって極めて親密なものでありうる。
久保ガエタンのインスタレーション《塑性と蘇生》においても、その問題意識は通底している。ここでは、二つの巨大な風船に空気が送られ続けており、見る者は破裂の予感に恐怖することを強いられる。やがて限界に近いほど膨らんだとき、送風は止んで風船がしぼみはじめるが、しばらくの後に送風が再開され、風船は再び膨張する。緊張と安堵の波の中で、普段は意識の外にある我々自身の生命活動が、デフォルメされた姿で眼前に現れるのである。 不可視性と親密さの奇妙な同居は、久保の《ラジオサーフィン》に至って違った展開を見せる。本作品では狭い小部屋の壁一面に、かつて「スカラー波」からの防御で話題になった某教団のシンボルが貼られている。その部屋の中には、電波の波形を映すビデオと、この展示に至った顛末を語る久保の声、そしてラジオの雑多な音声が喧しく流れる。不特定多数に向けられたその声は、自分ひとりに語りかけられているような感覚をも惹き起こす。 あるいは、ラジオの声とは元来そのようなものかもしれない。久保がスカラー波を捉えようとする中で受信した、拉致被害者へ向けた地下放送もまた、その特質を利用していただろう。望郷の念を駆り立てるようプロパガンダ的に作り込まれた音声が、ラジオの電波に乗るとき、その親しげな声は歪みを帯びる。その声から距離を保つこ との困難と、それでもなお隠(さ)れたものを解明せんとする希望を、本展は巧みに示していた。
久保ガエタンのインスタレーション《塑性と蘇生》においても、その問題意識は通底している。ここでは、二つの巨大な風船に空気が送られ続けており、見る者は破裂の予感に恐怖することを強いられる。やがて限界に近いほど膨らんだとき、送風は止んで風船がしぼみはじめるが、しばらくの後に送風が再開され、風船は再び膨張する。緊張と安堵の波の中で、普段は意識の外にある我々自身の生命活動が、デフォルメされた姿で眼前に現れるのである。 不可視性と親密さの奇妙な同居は、久保の《ラジオサーフィン》に至って違った展開を見せる。本作品では狭い小部屋の壁一面に、かつて「スカラー波」からの防御で話題になった某教団のシンボルが貼られている。その部屋の中には、電波の波形を映すビデオと、この展示に至った顛末を語る久保の声、そしてラジオの雑多な音声が喧しく流れる。不特定多数に向けられたその声は、自分ひとりに語りかけられているような感覚をも惹き起こす。 あるいは、ラジオの声とは元来そのようなものかもしれない。久保がスカラー波を捉えようとする中で受信した、拉致被害者へ向けた地下放送もまた、その特質を利用していただろう。望郷の念を駆り立てるようプロパガンダ的に作り込まれた音声が、ラジオの電波に乗るとき、その親しげな声は歪みを帯びる。その声から距離を保つこ との困難と、それでもなお隠(さ)れたものを解明せんとする希望を、本展は巧みに示していた。
雁木 聡
京都芸術センター通信 Vol.226 REVIEW より
京都芸術センター通信 Vol.226 REVIEW より
想像力を呼び覚ます
オカルティズムは美術と似ている。どちらも人知を超えた現象と事物を特定の場所で感受する経験だからだ。美術館やギャラリーとは、自身の感覚が更新される場に他ならない。神馬啓佑と久保ガエタンによる二人展「塑(そ)性と蘇生」は美術/オカルティズムの起源に触れる展示だ。同音異義語のタイトルは、両作家の特徴に基づく。
神馬は、絵の具が乾かないうちに指先で描く指頭画、植物を見る人物の影を描く「鑑賞者と干渉者」、プトレマイオスの天球図に基つく絵画と関連テキストなどを展示。いずれも所有物や日常経験で触れた感覚、感情をもとに別物へと塑性させる魔術的なリアリズム絵画だ。作品に添えられたテキストを合わせて読めば、現実から遊離していく感情と思考に触れられる。
久保は、オカルティズムをリサーチした映像とインスタレーションを展示。電源コードがコンセントに挿されていない扇風機の羽が回り、赤と青の二つの風船が突発的に大きく膨らみ、壁に立てかけられた板が突然ごう音で震動する。いずれも不可解な現象を再現・蘇生する機械仕掛けのオカルティズムだ。久保は機械装置によって意図的に超常現象を思わせる見えないエネルギーを視覚化し、不穏な気配を漂わせる。 だが、二人の作品は恐怖を目的とするものではない。かつて芸術の起源には事物や世界の見えない気配や存在に意識を向けた想像力があった。本展は、オカルティズムと美術のもう一つ共通点である想像力を呼び覚ますための場なのだ。
神馬は、絵の具が乾かないうちに指先で描く指頭画、植物を見る人物の影を描く「鑑賞者と干渉者」、プトレマイオスの天球図に基つく絵画と関連テキストなどを展示。いずれも所有物や日常経験で触れた感覚、感情をもとに別物へと塑性させる魔術的なリアリズム絵画だ。作品に添えられたテキストを合わせて読めば、現実から遊離していく感情と思考に触れられる。
久保は、オカルティズムをリサーチした映像とインスタレーションを展示。電源コードがコンセントに挿されていない扇風機の羽が回り、赤と青の二つの風船が突発的に大きく膨らみ、壁に立てかけられた板が突然ごう音で震動する。いずれも不可解な現象を再現・蘇生する機械仕掛けのオカルティズムだ。久保は機械装置によって意図的に超常現象を思わせる見えないエネルギーを視覚化し、不穏な気配を漂わせる。 だが、二人の作品は恐怖を目的とするものではない。かつて芸術の起源には事物や世界の見えない気配や存在に意識を向けた想像力があった。本展は、オカルティズムと美術のもう一つ共通点である想像力を呼び覚ますための場なのだ。
平田剛志(美術批評家)
2019年1月26日 京都新聞 掲載
2019年1月26日 京都新聞 掲載
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2013
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⌘Pによる啓示 | The Revelation of ⌘P
2019
プリンタ(鑑賞者が下を通る際に出力)、無地の用紙、用紙にニス
Printer (Printed as the viewer passes underneath), plain paper, varnis on paper
Printer (Printed as the viewer passes underneath), plain paper, varnis on paper
Photo by Tsuyoshi Sato