Installation view of the exhibition "INVISIBLE POWERS (MOT ANNUAL 2020)"
Sat. 14 Nov, 2020 - Sun. 14 Feb, 2021
Museum of Contemporary Art Tokyo
Photo: Keizo Kioku
久保ガエタン(1988―)は超常現象や自然科学的に知覚できないもの、精神分析や社会科学の中の見えない関係性について独自の装置や映像ナラティブを通して考察を続けてきました。
本展の映像インスタレーションは、音=振動を捉えようとした近代の発明にまつわるエピソードが作家自らの声で語られることから始まります。電話を発明したベルによる音の振動の記録装置。死者の声を聴くという構想から始まったエジソンの蓄音機。そして日本で初めての蓄音機「蘇言機」を開発したユーイングによる世界初の近代地震計。更に作家の語りは、地震が「鯰」として表象される民間伝承や、生き物が地震の前触れの怪音(地鳴り)を察知するという宏観異常現象説へと飛躍します。
音/振動という目には視えないエネルギーを、近代的装置を通して理解・予知しようとした歴史、そして驚異的な自然現象を動物的な力を介して捉えようとした試み。このパラレルな世界観は、作家が作り上げた電気ナマズ式地震予知装置の中で溶け合い和解しているようにも見えます。振動=エネルギーで満たされた世界を測り知ろうとすることが人間の必然的な営みなのであれば、それを感覚として再生し伝えようとすることにも同じことが言えるでしょう。
映像の最後で突きつけられる聞こえない言葉は、とてつもない言霊を持っているかも知れず、それに対する希望や不安は私たち自身の中から生まれてくることを想起させます。
小高日香理
担当学芸員
​​​​​​​
テレパシー(遠い感覚)とシンパシー(共にする感覚)のディスタンス
2001年アメリカのギャラップ社の調査によると「テレパシーあるいは五感を使わずにコミュニケーションをとることを信じますか?」という問いに対し、「36%が信じる」「26%が決めかねる」「35%が信じない」と答えた調査報告があります。三⼈のうち⼆⼈はその⼒を否定できないことを考えると、第六感は、その存在の真偽とは関係なく、⼈間の⼼理からは避けて通ることができない密接な領域にある気がします。
私たちに第六感があるかはわかりませんが、私たちの周りは五感では感じ取ることができないもの(あるいは⽣物)で覆われています。そして時にそれは世界を覆す脅威としてやってきます。今回私は、視えない何かを追いかける対象として「視ることのできなかった⾳(振動)の表象」に着⽬しました。
視えない何かを捕まえること。そしてそれを伝えること。作品では点字や視話法、人間には聴こえない音域の音などの、五感を使うマジョリティが認識できないメディアが使われています。自分にはない感覚器の意志伝達に出会うこと。もしかしたらそれはテレパシーなのかもしれません。あなたは本当に五感だけを信じているのですか?私に触れてください。私はここにはいませんが作品にいます。
⠪⠴⠇⠗⠥⠲⠀⠀⠪⠛⠥⠄⠕⠳⠐⠡⠥⠐⠳⠿⠟⠡⠩⠰⠀⠟⠴⠐⠳⠇⠜⠙⠟⠐⠡⠷⠐⠟⠹⠲⠀⠀ ⠄⠕⠳⠥⠷⠋⠅⠃⠅⠇⠡⠔⠰⠀⠊⠃⠡⠫⠟⠱⠩⠧⠴⠔⠝⠩⠂⠟⠃⠵⠹⠲ ⠪⠴⠡⠃⠥⠰⠄⠷⠙⠪⠞⠎⠐⠟⠣⠅⠡⠂⠕⠊⠞⠰⠀⠳⠴⠐⠞⠉⠎⠈⠮⠉⠈⠺⠉⠠⠆⠇⠈⠕⠩⠾⠩⠳⠟⠃⠵⠹⠲ ⠡⠝⠟⠎⠛⠪⠒⠐⠞⠌⠐⠳⠳⠴⠫⠃⠥⠰⠀⠥⠓⠎⠉⠐⠪⠣⠔⠾⠎⠇⠡⠩⠪⠞⠐⠟⠰⠀⠐⠩⠐⠫⠴⠡⠔⠳⠟⠃⠵⠳⠕⠐⠡⠰⠀ ⠐⠫⠴⠐⠱⠃⠥⠐⠞⠗⠑⠾⠐⠟⠐⠳⠕⠙⠡⠱⠛⠰⠀⠹⠉⠗⠐⠕⠫⠎⠻⠡⠃⠇⠅⠂⠟⠣⠟⠃⠵⠹⠲⠀⠀ ⠵⠕⠰⠀⠐⠣⠘⠹⠝⠎⠳⠴⠠⠮⠌⠰⠀⠡⠴⠻⠴⠈⠺⠉⠕⠃⠱⠩⠇⠜⠂⠟⠰⠀⠻⠡⠃⠾⠰⠀⠋⠣⠈⠺⠉⠡⠳⠟⠣⠟⠃⠵⠹⠲⠀⠀ ⠐⠮⠩⠥⠺⠴⠅⠻⠡⠃⠇⠪⠎⠐⠫⠴⠐⠳⠝⠞⠡⠫⠥⠅⠛⠕⠰⠀⠬⠿⠎⠜⠉⠅⠃⠄⠡⠴⠐⠡⠁⠓⠵⠹⠲ ⠷⠋⠅⠃⠅⠇⠡⠔⠝⠡⠵⠋⠙⠪⠞⠲⠀⠀⠺⠳⠟⠺⠛⠔⠝⠕⠋⠙⠪⠞⠲⠀⠀ ⠁⠅⠕⠥⠃⠵⠰⠀⠪⠎⠟⠣⠹⠞⠔⠰⠀⠈⠺⠂⠡⠩⠐⠫⠴⠐⠪⠐⠟⠁⠙⠰⠀⠟⠴⠐⠳⠞⠳⠟⠜⠴⠐⠟⠃⠵⠹⠐⠡⠰⠀ ⠁⠅⠕⠇⠥⠷⠋⠅⠃⠡⠾⠳⠛⠅⠃⠰⠀⠳⠡⠩⠐⠫⠴⠐⠪⠎⠾⠐⠳⠐⠟⠾⠥⠅⠳⠡⠫⠟⠃⠵⠹⠲⠀⠀ ⠝⠵⠓⠪⠪⠇⠁⠙⠼⠃⠝⠎⠟⠣⠹⠞⠥⠰⠀⠐⠞⠗⠑⠡⠎⠡⠴⠡⠩⠣⠐⠟⠳⠡⠜⠷⠞⠙⠪⠞⠐⠡⠐⠟⠣⠅⠃⠜⠉⠇⠅⠂⠟⠃⠵⠹⠲ ⠵⠕⠰⠀⠱⠩⠧⠴⠐⠟⠾⠰⠀⠳⠄⠮⠉⠞⠃⠉⠰⠀⠪⠋⠔⠐⠕⠱⠐⠹⠇⠩⠗⠎⠉⠐⠪⠣⠐⠟⠥⠅⠳⠡⠫⠙⠋⠃⠐⠺⠉⠾⠁⠙⠕⠿⠰⠀ ⠐⠕⠛⠾⠐⠡⠼⠁⠝⠥⠜⠷⠞⠙⠪⠞⠐⠡⠐⠟⠣⠅⠃⠞⠪⠚⠐⠡⠁⠙⠰⠀⠱⠩⠧⠴⠇⠅⠂⠟⠃⠙⠞⠊⠾⠃⠵⠹⠲⠀⠀ ⠐⠳⠐⠭⠴⠇⠥⠄⠡⠑⠅⠃⠃⠳⠎⠐⠟⠴⠕⠝⠔⠳⠟⠃⠙⠞⠃⠉⠟⠴⠇⠊⠃⠟⠰⠀ ⠾⠳⠡⠳⠕⠑⠺⠛⠥⠟⠛⠠⠥⠳⠒⠎⠜⠉⠅⠡⠴⠡⠩⠅⠎⠡⠾⠳⠛⠵⠻⠴⠲ ⠄⠕⠳⠔⠷⠟⠩⠐⠕⠱⠃⠲⠀⠀⠄⠕⠳⠥⠪⠪⠇⠃⠵⠻⠴⠐⠡⠪⠪⠇⠃⠵⠹⠲
世界は音で満たされている | The world is full of sounds
2020
ビデオ、電話、振動壁
Video,telephone, vibrating wall
祖母の家には黒電話が置いてある。生まれつき電子着信音で育った私にとって、突如けたたましく鳴り響くベルは、何度聴いても慣れるものではなかったが、掻き鳴らされる鐘の生音に、どこか惹かれるところもあり、次はいつ鳴るのであろうと、心待ちにその黒い物体と話す祖母の背中を眺めていたことがある。
今となっては携帯電話を日常の連絡手段に切り替えた祖母にとって、その電話からかかってくるものといえば、セールスといった知らない人ばかりである。一人孫の私になんでも買ってくれた祖母だが、その黒電話だけは、ゆずって欲しいと言っても買い換えることを望まなかった。ある日、黒電話のベルが気になった私は、分解して中を開けてみると、電話の中に仕込まれた一枚の回路図をみつけた。当時、黒電話に回路図が仕込まれていたことはよくあったそうで、定かではないが、近所の電気屋が簡易的に直すためにいれていたといったところだろう。側から見れば何とない出来事であったが、その重い機械から出てきた解読できない回路図との出会いは、考古学者が秘密の宝の地図を見つけたかの様な高揚感に満ちた体験であった。
映像では電話を発明したグラハム・ベルがろう者の母と妻との交流が、音の可視化や視話法を導いたことや、エジソンの死者との交流への探究心などの近代の人類の音と振動の表象、ナマズの地震予知の民間信仰から地震の先行現象の科学的計測まで多岐にわたる独白の様に語られる。映像の途中で呼びかけてられる番号は400番。電話のプーッ、プーッという呼び出し音や話中音に使われる周波数(400hz)と同じ数字で、私たちの馴染みのある音階ではソの音G4( 391.99hz,A4=440hz)に近しい音である。映像背面の壁にはスピーカーが埋め込まれており、口話による無音の独白の後Gの音(G-1=11.97hz, A4=430hzベルの時代のピリオド演奏)にチューニングされていく音波によって展示空間が振動する。
聞こえないけど聴こえてる | I cannot hear you but I can listen to you
2020
ナマズ式音力発電装置
Sound electric generator using catfish
およそ心臓の高さに取り付けられた聴診器が、壁から流れる声を拾っている。マイクに改造されたその聴診器の音は、ナマズの皮を短絡して通電、エフェクターによって低音域を抽出し、アンプによって増幅することで、水槽の下にあるスピーカーへと出力される。スピーカーから流れる音に反応して水面には波紋が広がり、水槽の下ではスピーカーの振動に圧電素子が発電をする。1680年、ガラス板にまぶした小麦を、弦楽器の弓で弾くことによって波形を描いたサイマティクス研究を彷彿させるその装置には、正面奥にはナマズの頭、手前には尻尾、左右には作家の両耳を型取ったもの、そして斜めには正弦波と共鳴する音叉が配置され、「声」を波紋と発電によって可視化している。
日本においてナマズは地震を引き起こす、あるいは地震を予知することができる生物としての迷信で知られているが、ナマズの皮膚にある側線器官は、人間の100万倍の感知能力とも言われる電気受容のセンサーが発達しており、地震の前に発生する地球の先行現象を感知することでナマズの行動変化が起きているとすれば、それは迷信とは言い切れないのではないだろうか。直観的な感覚で生み出した信仰が科学に結びつくことが人間の想像力であるとすれば、科学と魔術のあわいにある何かを発明することこそが、近代化した私たちの未来を切り開けるのかもしれない。
夢との交信:サミュエル・モーランド 「拡声する人間チューバ」の再生実験
Contact of Dream: Experimental image reproducing of [Tuba stentoro-phonica] by Samuel Morland

2020
1671 年の図版をアメリカ議会図書館Music Division デジタルデータ( パブリックドメイン) よりトレースし銅版を復元
Chalcography made from an image of 1671 by tracing a digital data of Library of Congress, Music Division (Public Domain)
人間はいつから音の存在を自覚したのだろうか?
ピタゴラスは鍛冶屋が金槌を叩く音の違いから音階を見出し、アリストテレス( の学徒) は音波の存在に気がついたと言う。その後もダ ヴィンチ、ガリレオ、キルヒャーなどによって音響や反響の研究はなされていたが、モーランドが1671 年に発表したこの図像は興味深い点がある。メガホンの発明として発表されたこの図は、音の拡大だけでなく、音の乗算にも着目していて、声から発した音が図の中で反響し合い、世界が音に満ちて溢れているのをみることができる。 2枚の銅版画は、元の版画のデジタルデータを凹凸反転し転写。エッチングし、インクを詰めた刷る前の状態で保存されているため、本来の銅版画の逆の状態、つまり線の部分にインクがない状態で保存されている。
夢との交信:アタナシウス・キルヒャー 「言葉を話す像のしかけ」の再生実験
Contact of Dream: Experimental image reproducing of
[Speaking statues connected to the wall] by Athanasius Kircher

2020
1650 年の図版をポーランド国立図書館デジタルデータ( パブリックドメイン) よりトレースし銅版を復元
Chalcography made from an image of 1650 by tracing a digital data of National Library of Poland (Public Domain)
この図像はキルヒャーの「普遍音楽(1650)」の「言葉を話す像のしかけ」を再生したものである。ドイツ出身のイエズス会司祭 / 科学者であったキルヒャーの学説には奇怪で合理的でない物も多く、発表当時には批判にさらされることもあったが、伝染病が微小生物によって引き起こされるという考えをはじめて実証的に示し、その説にもとづいた予防法を提案したことや、音響理論の数多くの発見など、後世に再評価がなされた人物である。 この図像では壁に埋め込まれたメガホンが外の音を内部に集約、音の出力先には彫像の口元が置かれているため、像が話しかけているようにきこえる仕組みとなっており、今回、壁の中から声を発する作品はこの夢想の具現化である。
大石真虎[ 画]《俗説地底鯰之図 *永暦大雑書天文大成より》
Matora Oishi (Drawing) "Map of Catfish in the bowels of the Japan.
From Eiryaku-era astronomical fortune telling encyclopedia"

c1834

Book
雑書と呼ばれるいわゆる暦占書本である。陰陽道の書物の影響を強く受けている雑書は、江戸時代から幕末にかけて普及し、占星術や人相といったものから、生活の指針に至るまで幅広い民間信仰が納められており、幕末には一家に一冊ある百科事典や家庭の医学のように扱われていたのではないかといった研究もなされるくらい普及していたものであると思われる。それらのほとんどの巻頭には日本列島を覆う龍の様な「地震虫」の絵が描かれた日本地図があり、鯰絵が普及する以前の私たちが、地震というみえない巨大な振動がどこからなぜやってくるのか、根源を求めて生まれた表象(イメージ)である。
張衡の地動儀を模した茶壷
A canister for tea leaves resembling Zhang Heng's seismoscope

Unknown (The original seismoscope: c132)
茶壷
Canister for tea leaves
世界初の地震計といわれる地動儀は、AC132 年に中国の張衡によって開発された。龍の口にとりつけられた玉が地震によって蛙の口に落ちることで遠方の地震の発生及び方位を観測したとされる。近代地震計の発明がお雇外国人の来日による明治期であることを考えると、その発明がいかにはやかったか想像できる。 地動儀の存在は菅原道真による言及などから日本に逸早くその存在は知られていたが、実物も図面も現存しないためにその内部構造は謎とされており、機構に対して様々な説が唱えられている。